典拠コントロールは, 大変に広い意味を持つ用語で, そのため一部に用法の混乱もみられます. この用語は目録のコンピュータ化に伴って, 日本でも15年ほど前から使われるようになりました. 典拠コントロールに関するアメリカの文献によれば, 典拠コントロールとは 「典拠ファイルの参照機能によって書誌ファイルの標目の維持管理をすること」 で, 目録作業の中で標目のさまざまな側面を管理する重要な役割をはたしています.

 

「典拠ファイルを持たない目録があるとすれば, それは単なるリストであって本来ならば目録とは呼べない」とは, 20年近く前に出版された本の中に現れる言葉です (データベースの典拠作業 : 典拠レコードとファイルの作成・利用・維持管理および評価 / Robert H. Burger ; 松井幸子, 内藤衛亮共訳. ― 東京 : 丸善, 1987). 典拠ファイルがないので, 典拠コントロール, つまり参照標目の記録や管理が行われているとは考えられないからです. 参照標目のような, 目録記入以外の標目を管理するためには, 典拠レコードや典拠カードを作る以外に手段がないのです.

 

音楽を作曲した個人などは, その名前がどのような形で出版物上に現れようと, その実体は固有の存在です. 特に外国人の場合には, その発音や表記のゆれからさまざまな形が存在することがあります. 下の事例はロシアの作曲家チャイコフスキーがToccata MARC 書誌レコードに日本語で記録された異形の数々です.

 

P. チャイコフスキー

P.I. チャイコフスキー

チャイコフスキー

ピエトル・イリーチ・チャイコフスキー

ピオトル・イリーチ・チャイコフスキー

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

ピョートル・イリイチ・チャイコーフスキイ

ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー

ピョートル・チャイコフスキー

ピョトル・エ・チャイコフスキー

ピヨトル・イリイチ・チャイコフスキー

ペーター・イリイチ・チャイコフスキー

ペーター・イリイッチ・チャイコフスキー

ペーター・チャイコフスキー

 

これらの, いずれかの形を検索キーとして, その図書館が所蔵するこの作曲家の全資料を検索することなど, 典拠データベースの存在なくしては不可能なのです.

 

図書館の目録では, 標目 (アクセス・ポイント) には出版物のタイトル (記述タイトル) 以外のすべてのものに排他性が求められます. つまり, たまたま名前が同じというだけで, ある人物や団体の著作が別の人物や団体の著作とされることがあってはいけないということなのです. 作曲家では親子・親戚で同姓同名というヨハン・シュトラウス (Johann Strauss) のような有名な例もあります.

 

シュトラウス, ヨハン, 1804−1849

シュトラウス, ヨハン, 1825−1899

シュトラウス, ヨハン, 1866−1939

 

何か区別をする手段を講じないと別の人物や団体の著作に取り違えられてしまいます. そのため, 個人名には生(没)年を, 団体名には音楽団体であることを示す用語や場所, 活動年代などの限定語を付記することになります.

 

ウィリアムズ, ジョン, 1932−

ウィリアムズ, ジョン, 1941−

ウィリアムズ, ジョン, カウンターテナー

 

オール スターズ (音楽グループ : 北村英治)

オール スターズ (音楽グループ : ジュニア ウォーカー)

オール スターズ (音楽グループ : テディ ウィルソン)

オール スターズ (音楽グループ : テディ バックナー)

オール スターズ (音楽グループ : トニー スコット)

オール スターズ (音楽グループ : ルイ アームストロング)

 

東京交響楽団 (1941−1944)

東京交響楽団 (1951−)

 

オペラ座の怪人 (映画 : 1925)

オペラ座の怪人 (映画 : 2004)

オペラ座の怪人 (ミュージカル)

 

いずれにしても, 排他性を実現するには参考資料を調べるなどの時間 (=コスト) がかかるので, 同じ実体に対する無駄な繰り返しは避けなければなりません. そこでアクセス・ポイントの形式決定作業を記録してファイルすることが行われるようになりました. これが典拠ファイルの始まりです. 典拠ファイルの維持・管理によってのみ, 標目の排他性を効率よく実現することができるのです.

 

Toccata MARC 典拠レコードには, 大学・研究図書館で検索のために用いられてきたラテン文字 (ローマ字) と, 主に公共図書館などで用いられている日本語 (片仮名) による日本文字の検索用データが共に入力されています. 西洋の外国人などの原つづり, その読みの片仮名の両方から検索することができます. また, 日本語情報もチャイコフスキーの例のように, 多くの異形も参照標目として記録されているので, 表記のゆれなど, OPAC への対応も万全です.

 

典拠レコードには, 資料現品に表示されているタイトルを除く, 個人名, 団体名, 地名, 家族名, シリーズ, 統一タイトル標目 (作品名), 個人名+統一タイトル (作品名), 件名標目などの種類があります. OPAC を始めとする目録の品質は典拠ファイルが存在するかどうかに大きく左右されるのです. Toccata 典拠レコードは, 合衆国議会図書館 (LC) のフォーマットを拡張し日本語を扱えるようにしたものです. 国際図書館連盟 (IFLA) の提唱する典拠レコードの要件を全て満たしています.